弱肉強食の将棋界にモテと非モテの縮図を見た

将棋界が騒がしい。マニアックでオタクとも言えるようなコアな分野だったはずのに最近は脚光を浴びている。「聖の青春」や「3月のライオン」など将棋関連の映画化から始まり藤井聡太四段の活躍、キャラクターの濃い面白棋士もテレビで多く見かけるようになった。

将棋の世界は恋愛の壮絶な性淘汰と実はよく似てる。この世の縮図と言ってもいように思う。

将棋にはこんなヒエラルキーがある。

Aクラス

Bクラス

Cクラス

フリークラス

Aクラスが階層の頂点だけどこれは定員制。どんなにプロ棋士の全体のレベルが上がってもこのAクラスの定員が増えないのがミソ。

「勝ち組の定員」は決して増えないというのがこの世の摂理とよく似ている。逆に負け組の定員も増えない。負ける側がいなければ勝つ側も存在しない。

「努力しろ!」という言葉が虚しく響き渡るのは実はこれで、全員が努力すると将棋のレベルは上がるけども上位クラスの定員は増えないのでただ競争が激しくなるだけという状況に陥る。勝ち組の座席は努力では決して増えない(ただしこの場合の勝ち組=幸福だとは必ずしも言えない)

勝ち組の座席は常に定員制。その数は決して増えることはない。逆に減ることもない。例えば全員が努力を放棄して将棋のレベルが落ちてもAクラスの人数は同じ。

「努力しろ!」という言葉の背後には「みんなで努力すれば勝ち組の座席が増える」というニュアンスが感じられるがそれは無意識が魅せる錯覚でしかない。努力の先にあるものは常に凄まじい競争の地獄でしかない。

将棋にはタイトル戦というものがある。

「名人」「棋聖」「王位」「王座」「竜王」「王将」「棋王」

以上の7つのタイトルがある。

勝ち抜けば多額の賞金が貰える。そのタイトル戦が一つ増えるようだ。

「叡王戦」がタイトル戦へ昇格、将棋棋戦が8大タイトルに ~6月開幕「第3期叡王戦」の開催概要発表~

株式会社ドワンゴ(本社:東京都中央区、代表取締役社長:荒木隆司)および公益社団法人 日本将棋連盟(東京都渋谷区、会長:佐藤康光)は、両者が主催する「叡王戦」が第3期からタイトル戦へ昇格することを2017年5月20日(土)に発表しました。
タイトル戦の発足は1983年度の王座戦(第31期からタイトル戦)以来34年ぶりで、将棋界初の8大タイトルとなります。

https://www.shogi.or.jp/news/2017/05/863.html

タイトル戦が一つ増えて8大タイトルになる。そうなると単純に考えてタイトルが増えることでチャンスが一つ多くなることになる。つまり負け組であるヒエラルキーの下層にいる棋士にもチャンスが一つ増えることになる・・・・・・と一見そう思ってしまうけども実はそんなことはない。それはただの錯覚に過ぎない。

このタイトル戦は一部の強豪棋士でほぼ独占されている。

  • 第74期名人 佐藤天彦
  • 第87期棋聖 羽生善治(9期連続)
  • 第56期王位 羽生善治(5期連続)
  • 第63期王座 羽生善治(4期連続)
  • 第28期竜王 渡辺明
  • 第65期王将 郷田真隆(2期連続)
  • 第41期棋王 渡辺明(4期連続)

このようにタイトルが特定の強豪棋士の間で回ってるだけと言ってもいい。つまり「タイトル戦」という富は弱者に分配されるわけではなくて強者がますます富むという仕組みを作り出しているに過ぎない。

あああ、なんて非情な。まるでこの世の縮図。女を総取りするモテ男とそれにありつけない非モテと構図は似ていて仮に女が増えたとしても非モテには回ってこない。

7股をかけているモテ男が8股をかけるって状況になるだけだ。あああ。

一時期、羽生が将棋の7大タイトルを独占していたことがあった。

唯一無二“七冠独占”という大記録

羽生善治が将棋ファンならずとも広く国民にまで知られるひとつの偉業は、やはり史上初のタイトル棋戦全七冠(竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王・王将)の独占にほかならないだろう。

http://www.excite.co.jp/News/90s/20170606/E1496638008247.html

皮肉にもチャンスを増やしても富は決して弱者には回らないというこの世の摂理を見せつけられているようだ。

モテ男と女と非モテの関係性とほぼ同じだろうな。

タイトルや女という「餌」を増やしても強者が益々強くなり、より屈強な強者になるだけでしかない。

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